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KEN NAKAHASHIでは2018年11月23日(金)から12月22日(土)まで、当ギャラリーにて2度目となる森栄喜の個展「Letter to My Son 」を開催いたします。


「Letter to My Son」、つまり息子への手紙と意味する本展が伝えようとするもの、それは、「鎖のような強いつながり」です。

本展覧会に際し、森栄喜は「1秒にも満たない、長くてもたった数秒の、ひとつひとつの表情、仕草、小さな癖、声、足音、マッチが擦れる音、髪を揺らす風の音…。何かに駆り立てられるように、次々と切り替わり流れていく場面の中で、様々な断片がほんの一瞬、儚くきらめき、目の前にこぼれ落ち、消えながらも堆積していく。それは記憶が生まれたり、時とともに変容していったり、残っていくことに似ている。断片のひとつひとつが紡がれ、つながり合い、文字になり、言葉となり、手紙になる」と語ります。

本展では、森が初めて撮影・編集の全てを手がけた映像作品と、便箋や封筒と写真を組み合わせた7つの作品を初披露します。これらの作品は、森栄喜がニューヨーク留学時代に親しくしていたある人物との思い出が基になっています。


現在、週刊読書人で連載中の同タイトルのエッセイでは、9.11前のニューヨークと現在の東京を舞台に、祖父、父、息子のように世代の異なる3人の思いが錯綜しながらも重なり合い、強固なつながりが時間や都市を超えて生き続ける様子が描かれています。

「Letter to My Son」(Single-channel color video with sound、7 minutes 30 seconds)は、動画特有の流れと鮮烈さ、そして写真的封じ込みによりしっかり掴んで捉えられた一瞬の相という、2つの視点・作用が一体化した作品です。錯綜しながらも重なり合い、時間や都市を超えて生き続ける、強固なつながりを、細やかに心のひだをなぞるような編集によって浮かび上がらせます。

森直筆の言葉が綴られた手紙と同封された写真によって構成された7つの「Letter to My Son」(#1~#7)は、いつかの時代、どこかにいるかもしれない息子へと宛てられた、プライベートであり、またパブリックでもある視線が吹き込まれた作品です。


これらの作品から発せされる記憶の断片を追体験することは、鑑賞者に個人から個人へと辿っていく無意識的な記憶の痕跡の連なりを予感させるとともに、新たな人と人とのつながり方のひとつの指標を与えます。

現代における家族という枠組みには当てはまらないかもしれない、彼らの間や彼らを取り囲む人々との間に存在する、鎖のような結びつき、密度の濃い感情でつながっている関係性。世代の異なる3人の目線が、時代や場所を行き来しながら、現実と虚構のはざまにある「あるひとりの存在」を浮かび上がらせるのです。


展覧会概要

  • 名称:「Letter to My Son」
  • 会期:2018年11月23日(金)- 12月22日(土)
  • 会場:KEN NAKAHASHI (160-0022 東京都新宿区新宿3-1-32 新宿ビル2号館5階)
  • 開廊時間:11:00 - 21:00
  • 休廊:日・月
  • オープニング:11月23日(金)18:00-
  • パフォーマンス:12月22日(土)18:00-








*2018年12月1日(土)- 2019年1月27日(日)

東京都写真美術館にて開催される「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15」展にも、森栄喜の作品が出展されます。


森栄喜と作品について


東京をベースにする森栄喜は、特にその写真作品で知られていますが、近年では、同性婚や多様化する家族形態、ジェンダーアイデンティティーについて、友達やその家族のポートレート、そして自らもカメラの前に立ち、被写体とともにフィクショナルな状況を演出する作品を発表しています。身近な共同体=社会形態の小さな一つの縮図を、多様な家族形態やセクシャリティーの実例として、視覚的に訴えようとしています。写真の他、映像、パフォーマンス、文章や詩、ファッションデザイナーとのコラボレーションなど、複数のメディア・領域を通した表現で活動を広げています。

恋人や友人との一年間を撮影した、264ページに及ぶ日記のような写真集『intimacy』(2013年)で第39回木村伊兵衛賞を受賞しました。

2017年以降に発表したFamily Regainedと題されたシリーズは、対象である家族を観察し、社会学的領域でのパフォーマンスを写真に昇華することで、可視/認知化されたビジュアルを広めていこうとする作品群です。友人とその家族、または二人の男性、一人たたずむ男の子、彼らの住まいや庭などで、約3年間をかけて撮影した写真シリーズ。また、現代の家族についての問いを投げかける二つのパフォーマンス作品として、一人の男性、男の子、そして森自身が想像上の家族として東京の街へ飛び出していくという記憶を映像作品にしたもので構成されています。全て真っ赤なこれらの写真・パフォーマンス映像は、血の赤という普遍的な色のフィルターを通して、周りの社会に溶け込まず、舞台の一部を切り出したかのような風景を鑑賞者に示します。