Exhibitions

 

ティモ・ハーブスト「Ephemera」

  • 2024年4月26日(金)-5月25日(土)
  • 開廊日時:火-土、13:00-20:00
  • 休廊: 日・月
  • クロージング: 5月25日(土)、18:00-20:00 作家在廊予定


KEN NAKAHASHIでは、ティモ・ハーブストの個展「Ephemera」を開催いたします。


ティモ・ハーブスト

1982年ドイツ生まれ。

ブレーメン大学で哲学と文化学を専攻した後、ライプツィヒ視覚芸術アカデミーで美術を学ぶ。

ドイツ政府によるパリ国際芸術都市でのフェローシップや、フィミンコ財団でのレジデンス・プログラムを経て、現在はパリを拠点に活動。

近年の主な展覧会に、「100% L'EXPO」(ラ・ヴィレット、パリ、2023年)、「Odysées Urbaines」(フィミンコ財団パリ/ロマンヴィル、2023年)、「Play by Rules」(ゲッピンゲン美術館、個展、2023年)、「The invisible thread」(AVA Gallery、 ケープタウン、2023年)、「Play by Rules」(LOAF京都、個展、2022年)、「Überdie Zeichnung hinaus」(ZAK現代美術センター、ベルリン、2022年)、「Bühne Total」(バウハウス・ミュージアム・デッサウ、2019年)、「Rhythms」(アートテック美術館、ケルン、個展、2019年)など。

作品はドレスデン美術館、ゲッピンゲン美術館、アートテック美術館、バウハウス・ミュージアム・デッサウなどにコレクションされています。


ハーブストは、芸術、日常、政治の領域における人体の動きや動作の構成要素に注目し、集団の行動や記憶から浮かび上がる身体的表現の重要なイメージを取り込みながら、ドローイング、映像、彫刻などを駆使したマルチメディア・インスタレーションを数多く制作してきました。

特に活動の初期から制作を続け常に進化するドローイングは重要な実践となっています。

二つの異なる時間軸や表現方法の図像がレイヤー状に重ねられているのが特徴です。

「一つの作品には常に二つのストーリーがあり、それぞれの状況や出来事の間に共通点を見出すことができる」とハーブストは述べています。


ドローイングの主な代表作品に、ダンサーの複雑な足もとの動きを描写した《Gene. K》(2010-11年)、二人の指揮者の手の動きを重ね合わせた《Presto ma non assai》(2011年)や《Fireworks (Tschaikowsky)》(2011年)があります。また、15世紀から20世紀にかけてのドイツにおける社会運動や革命運動について、新聞、チラシ、ポスター、古文書などを歴史学者のデュエイン・コーピスと共に調査し、身体のポーズや歴史的表象をもとに年代順に描いたドローイング《Ephemera》(2022-23年)では、抗議行動のジェスチャーのライブラリーのようなものを確立し、これらの動きが美術というメディアによってどのように伝えられ扱われてきたかを示すことで、鑑賞者を行動の中心に据えることを目指しています。


KEN NAKAHASHIでの初の個展となる本展は、初期のドローイングの他、《Ephemera》の継続的制作である新作のドローイング「Zipper Merge」シリーズなど、約20点を厳選して構成されます。






ティモ・ハーブスト個展「Ephemera」に寄せて、飯岡陸氏(キュレーター、横浜美術館学芸員)にレビューをご執筆いただきました。



透過する身振り——ティモ・ハーブストのドローイング


叫ぶこと。手を挙げること、サインを作ること。集まること、占拠すること。文字や図像を掲げること。むしろ沈黙すること。自分の身体を周囲の人々と共振させること。メディアにそのイメージを流通させること。


ティモ・ハーブストは近年、こうした抗議の身振りに関心を寄せてきた。例えば《Ephemera》(2023)では15世紀から現在に至るまでのドイツにおける抗議運動を扱った絵画や記録したアーカイブを参照し、長さ12mの和紙に時代別に描画することで、歴史のうねりを現前させる。また映像インスタレーション《Play by Rule》(2015-)はこの10年間、ハーブストがマーカス・ネべと共にブダペスト、イスタンブール、ハンブルグ、香港、カルカッタ、パリ、ベルリンなどでの抗議活動を撮影した映像を組み合わせたものだ。ここでは抗議の身振りだけでなく、それを撮影する報道陣との関係など、その複雑な力学を捉える。


そのうえで展覧会「Ephemera」は、ギャラリーのある新宿の喧騒から自らを切り離すように、その声量を抑える。初期のドローイング《Make Yourself an Organ》(2011-2012)では、哲学的なテキストとともに日常動作の過程が描かれる。ここでは和紙の両面に図像を描き、複数枚をワックスで接着することで、奥行きが生まれている。線描はダンスの記譜のようだが、その動きは分岐していくようでも、別の身体が重なっているようでもある。何か単一の動作を描くというよりも、それぞれの輪郭が重なり、解けていくようだ。


「Zipper Merge」(2024)シリーズでは、描画の濃淡の違いによって、あるいは洋紙よりも繊細な和紙により消しても残ってしまう線の跡によって、ふたつの図像が擬似的なレイヤーとなっている。図像はヨーロッパの歴史的なアーカイブを参照しており、例えば、ドイツ農民戦争(1493-1517年)と今日の反戦運動が重ねられる。前者の民衆は、貴族の間で使われていた二本指敬礼を盗用することで、抗議のジェスチャーを生み出したそうだ。現在では反戦を意味するピースサインもまた、政治家が戦争の勝利を意味して使ったVサインを転用したものである。あるいは1914年にイギリスで選挙権を求める戦いのさなか、サフラジェットがバッキンガム宮殿から引きはがされる様子と、1843年にイギリスで封建的な通行料に抗議した農民たちが活動を象徴する女装をし、門を破壊しようとする瞬間。ふたつの図像のあいだでフェンスの位置が重なる。同時に長い器具のようなものを後ろに振り上げる人物の後ろで、女性を引き剥がす警官の身体と前進する民衆の身体が重なるなど、動きの力学は複雑化されている。ふたつの車線にいた車がひとつの車線に合流することを意味する「Zipper Merge」というシリーズタイトルが示すように、時代や場所を超えてふたつのムーブメントは重なりあい、個を超えた身振りの布置を作り出す。


展示会場を訪れた私は、このアーティストが和紙を使用している理由を直感する。ティモ・ハーブスト​​の美学は和紙の物質的な特徴——肌のような脆弱性、乳白の透過性——と分かち難く結びついているからだ。抵抗の身振りは個の輪郭を超えて透過し、確かに私たちに受け渡されている。


飯岡陸(キュレーター、横浜美術館学芸員)



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Ephemera
Ephemera
Ephemera
Ephemera
Ephemera
展示風景(撮影: 齋藤裕也)Installation View (Photo by Yuya Saito)