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KEN NAKAHASHIでは2019年5月3日(金)より6月1日(土)まで、松下まり子による個展「Oasis」を開催いたします。


本展では、松下が各地で集めてきた赤い布がギャラリーの窓を覆います。「赤い部屋」というこの作品では世界中の赤い薄い布—女性や子供服のレースや松下自身のシャツ—が繋がれ、太陽の光を透かして神秘的に部屋をあたためます。部屋には白く曖昧な形の彫刻が置かれ、光や風、温度や重力を感じる空間が作られます。そこでは時間はゆっくりと流れ、生命の連鎖や、再生、自分自身の身体の奇跡を感じます。

この作品を松下は映画「シンドラーのリスト」に出てくる赤いコートの少女のように、ある場所に登場し、しばらくの時間を生き、そして退場していくものだと考えています。モノクロームの映画の半ば、少女は赤いコートを着て儚い命の象徴のように画面に登場します。そのように松下の「赤い部屋」は徐々に布を増やしながら世界のどこかに繰り返し現れ、消えていきます。

「赤い部屋」は2017年ロンドンでのレジデンス中にも制作されました。「赤い部屋」自体の膨大な映像は未編集のままですが、松下は街中に多くのキツネがいることに驚き、彼らの獣臭や鳴き声を追いかけ、短い映像作品を作りました。「Little Fox in London」これは赤い部屋の中で数ヶ月を暮らし、子のような形を作り、それが消えてしまうまでの物語です。

「赤い部屋」は徐々に布を増やし成長する作品で、今後も松下の重要な作品の一つとして世界のどこかに現れ、しばらくの時間を共有し、消えていきます。今回は赤い部屋とともに新作の立体と絵画の作品を展示します。



松下まり子と作品について


松下まり子は1980年大阪生まれ。2004年に京都市芸術大学油画専攻卒業。2016年「第2回CAFAA賞」最優秀賞を受賞し、2017年にはロンドンのデルフィナ財団でレジデンスに参加しています。近年では、海外への旅や東京での日常を通じて、絵画表現だけでなく、パフォーマンス、映像、写真、詩、立体など新たなメディアを用いた表現へと活動を広げています。

松下はいくつかの環境の変化を経て、自然/原我との対話、子生み、各地の神や死生観に興味を持ち制作しています。性愛や生きる痛みを主題として油絵を制作してきた松下にとってフェミニズムの問題も避けて通れないテーマとして学んでいます。ですが、あくまで個人的な心の投影として松下はいまも作品を生み出し続けています。




個展に際し、松下まり子が文章を書きました。


皆さまへ

この手紙はいつ読まれているでしょう。

現在の、未来の皆さまへ。未来の自分へ。

今回は少し特別な展示です。言葉にすることが叶わないような、ある光景を、私は胸に抱いています。この世に生まれて、それからだんだんと目を覚まし、私たちはどれくらいの風の音を聞いたでしょうか。どれほどの太陽の熱で背中をあたためたでしょうか。コートのポケットで石は、あなたの行き先について勇気をくれたでしょうか。

「赤い部屋」という作品を私はこれからも何度も作ると思うのです。色々な国の色々な街で。狭い路地で、古い家屋で、打ち捨てられた小屋で。

それは太陽を透かして光る純粋な赤い窓です。一滴の子供の血のような、記憶の底の痛みのような、恋をするときの激しい動揺のような、小さな窓です。

それは世界のどこかに現れては消え、現れては消えていきます。それはあたかも電球の明滅のように、私たち自身の命のように。

そしてこの部屋から出ていくとき、私は毎回、今、生まれ落ちたように感じます。今、初めて知ったように驚愕し、あきれ、震えるように悲しく思います。美しいことと恐ろしいことは同じことなのです。世界は青と緑でできています。大地はレンガ色で、私たちは大気の底を歩いています。


April, 2019

松下まり子